~「正しい知識」が、いちばんのワクチン~
はじめに
国際化の進展により、高校生や大学生の短期・長期の留学生は年々増加傾向にあります。
「予防接種」を受けて、「海外旅行保険」に加入すれば、準備は万端と多くの学生がミスガイドされたまま海外に送り出されているのが現状です。
留学する学生の多くは10代後半から20代前半の健康な若者ですから、スポーツ外傷はともかく、病気で重症化する頻度はきわめて低いと言えます。しかし、日本と海外の医療制度の大きな差、たとえば、米国においては、学生が親権者のサインのある治療承諾書を持参しない限り、ER(救急科)以外では、ほぼ100%診療を拒否されることや、「病院へのかかり方」を教えられずに留学した先で、重症化する病気にかかった場合、大変な事態が起こることもあります。
実際に、「多くの予防接種を受けることが大切」と思い込まされ、明らかに誤った病院のかかり方を留学ガイダンスで強くインプットされたまま、ボストンに留学した20歳の女子大生が、肺炎で手遅れになった状態で入院となり、亡くなるという痛ましい事例が一昨年ありました。
日本は医師法19条1項により、医師の応召義務、つまり医師は「診療拒否をしてはいけない」という世界で唯一のルールを定めている国です。このことは、裏を返せば、一歩国外に出ると「原則として、診療拒否がある」ということです。
特に、医療訴訟大国では、米国人の子どもがサマーキャンプに出かけるときでさえ、法的に有効なフォーマットに親権者がサインをして持参させなければ、原則として診療を受けることはできません
この米国医療の基本中の基本のルールさえ知らずに留学生を送り出している日本の大学は、前記の死亡事故を起こした大学以外にも多数あるようです。
当然ですが、この同意書に加えて、「海外での病院のかかり方」を留学前に正しく教育しなければ、不幸なケースが引き続き起こることは明らかです。水面下での医療トラブルは、統計には表れませんが、留学生数に比例し増加しており、各校の担当者の悩みの種となっているようです。
海外留学、特に米国への留学ではワクチンギャップ(定期接種の種類と回数の差異)があり、日本では追加接種する必要性が生じます。たとえば、ポリオの追加接種、MMRの追加接種、そして集団生活に備えて、髄膜炎ワクチンの接種を求められることがあります。
個人の防衛のため、そして米国へ感染症を持ち込まないため、ワクチンは打つべきですが、日本ですべてを接種する必要はまったくありません。
出発日が近く、2回以上の複数回の接種ができない場合、そして、輸入ワクチンしかない場合は、ワクチン記録に“to be done on arrival in U.S.A.”と記入すれば十分です。現在の私のクリニックでは、外国人患者の比率が高く、ほぼすべての輸入ワクチンを常備しており、希望があれば、留学予定者にも接種しています。しかし、前任の埼玉県の病院では、10年以上にわたり、前記の英文の記入で対応していました。予防接種の不備で留学ができなかったり、遅れが出たりしたことは一例もありませんでした。
米国に留学するにあたり、健康診断書の記入が求められますが、学生にとっても、また日本の医療関係者にとっても非常に違和感を覚えるのが、「結核」の取り扱いです。ほぼ一律にツベルクリン反応をやり、陽性であれば胸部X-PかTスポットテストなどを求められます。
これは、次の2つの背景を知っていればスマートに対応することができます。1つは、米国は結核をコントロールした国であり、日本のようにBCG接種を義務づけていないため、ツベルクリン反応陽性は潜在性結核感染を意味します。一方、日本では、BCG接種を全員が受けているため、ツベルクリン反応は、すべての人が陽性となりますが、これはBCG接種による陽性であり、潜在性結核感染ではありません。
したがって、筆者は日数が制約されているときなど、ケースによっては欄外に、「この学生はBCGを受けているため求められているツベルクリン反応はスキップし、X-P(またはTスポット)を行い結核陰性である」と記入することもあります。
2つ目は、日本では毎年2万人の結核感染があり、世界的に今日でも結核汚染国にランクされているということです。
筆者は、この12年間、京都の同志社大学において、毎年12月に90分の留学生向けの医療ガイダンスを行っています。ガイダンス開始前に10問の○×式クイズで「知らないということ」を知ってもらうことからスタートし、海外と日本の医療文化の差異をわかりやすく解説し、加えて留学時に持参すべき薬、うつ病の自己チェック、若者の性感染症予防も取り上げています。同大学は、全員に英文診断書となる「学生用安全カルテ」を配付している学校のひとつです。 この医療ガイダンスのために、東京から京都へは時間も経費もかかるうえ、大学側にも私にも負担が生じるため、何度か辞退を担当者に申し込みました。しかし、このガイダンスを開始して以降、現場で発生していた医療上のさまざまなトラブルがほぼゼロになったので、「ぜひに」ということで続いています。
予防としての「旅行医学」が効果的である一例であり、「正しい知識」がいちばんのワクチンと言えます。
■参考文献
・『旅行医学質問箱』、メジカルビュー社、2009
・『実例による英文診断書・医療書類の書き方』、メジカルビュー社、2013
・『自己記入式安全力ルテ学生用』、オブベース・メディカコーポレーション、2014